スクラップドデイズ

頭文字D

誰よりも高く、誰よりも速く。誰よりも強く。

人は他者と比べる事によって自己を確立する生き物である。
故にそれは人が知性を持った瞬間からの飽く無い思いなのだろう。
本能と云っても良いのかもしれない。

ただ、スローライフ、ゆとり教育と謳われて久しい現在、
この本能を生かし続ける事は非常に困難になっている。
人によっては下らぬと一笑に付するだろう。

しかし、実際問題この世の中は実力が全てなのである。
弱者は強者に支配、搾取される。
それは自然界では当たり前の事。
幸か不幸か人間には天敵らしい天敵が存在しなかったために
急激に種を増やし、他の種を根絶やしにすることで生活圏を拡大していけた。

良くも悪くもこの世は平和なのだ。
平和な時には生物の本能は余計な存在となる。
過剰な競争は諍いを生み、戦争を生む。
雄は必ずしも雄である必要はないし、逆もまた然り。
能力を特化させずとも暮す事が出来るのだから。

それでも、争いが決して消えないのは生物としての本能なのだろう。
その本能を抑える為の手段の一つとしてスポーツや競技が
存在するのだろう。

人は自分に興味の無い事には拒絶的や敵対的になる事がある。
本能に関わる感情を嫌悪してしまう。

だからといって、その事が間違っているとは一概に言う事は出来ない。
本能では誰よりも優位に立ちたいと思っているし、
その世界に身を置く事でしかわからない世界や思想というのが
存在するのも確かなのだから。

人が決めた決まりに本能がいう事を聞かねばならないのは
人間社会では当たり前の事。
それでも時として人はその社会性さえも棄ててしまう。
哀しいけれど、それが人であり、生き物たる証拠なのだろう。
 
頭文字D THE MOVIE
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# by karmanrain | 2005-09-20 00:29 | 御伽草紙

鋼の錬金術師

「人は何かの代償なしに何かを得ることができない。
これが錬金術における等価交換の原則だ。
その頃、僕らはそれが世界の法則だと信じていた」

得るために払う代償。
払った代わりに得るもの。

ただし、それは同等ではない。

コンビニエンスストアとスーパーで同じ商品を買っても
支払う金額が違うように、同じ目的であっても
その人が払う対価と云うのは人によって違うのだろう。
余りにも大きすぎる代償を支払わなければならない一方で
何も無かったかのように手に入れてしまう現実。

しかし、それは同じ目的に限った事であって、
違う目的になるとそれは同じ結果とはならない。
それは個人の資質であり、志向の向き不向きなのだろう。

一見、陰陽の思想やバランスから外れているように見えても
全て同じ事象を色々な言葉で表現しているに過ぎない。


錬金術と云うのは科学が生まれる以前のパラダイムである。
文字通り、全てを金に換える手段を模索する事をを目的として発生した
「夢のような」学問だが、その過程に於いて発見された数多くの事柄が
科学に少なからず影響を与えている事も事実。
そもそも、夢想だと感じているのは現在のパラダイムが科学という
事なのであってそれがシフトする以前は錬金術こそが世の理だったのだろう。

現在を支えている科学がパラダイムシフトした時、
世界はどのように変貌してゆくのだろう。
科学にある程度の限界が見え始めている今、
結局万物が金になりえない事を悟った錬金術の様に
実はその時代が到来するのは案外近いのかもしれない。

そうなったとしても、等価交換の原則は生き続けるのだろう。
この宇宙が存在している限り。

そして人は、そんな大それた事よりも、目の前の現実を生きる事の方が
大切で、大変なのだ。
 
劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者
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# by karmanrain | 2005-09-03 00:43 | 御伽草紙

CASSHERN

幸せは平等には訪れない。
自分が幸せを掴むたび、他の誰かが不幸になる。
不幸は憎しみを呼び、争いを呼ぶ。
憎しみからは憎しみしか、争いからは争いしか生まない。

敵対するものを認め、赦す事はとても難しいこと。
立場は違えど、同じ正義を語るならば尚更。
均衡した力を持っているならば尚更。
それでも自分の掲げる正義を貫くのか、
相手の言葉に耳を傾けるのか。

正義・悪とは人間のエゴでそれが多数であるか、少数であるか
只それだけのことで、正義を語る本人にしても
何が正しいのかなど解っていない事が多いのだろう。
自分を守るため、人を護るため。それは正しい事なのだろうか。
その為には他人を傷つけたとしても、それは正義なのか。

抱えるものが多い程、護るものが多い程。
目指すものが高い場所にある程。
正義という言葉は力を増すが、説得力は失っていくのかもしれない。
その時は自分だけを信じて突き進むしかないのだろう。

それが、どのような結果になろうとも。

どちらにせよ、時間が経てば経つほど、困難になっていく。
ならば、はじめから袂を分けなければ良いのだろうが、
人である以上、無理なのかもしれない。
でも、もし、そうだとしても、諦めてはいけないのだと思う。


諦めた先には悲しい結末しか待っていない。
 
CASSHERN
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# by karmanrain | 2005-06-12 02:24 | 御伽草紙

下弦の月 Last quarter

リーインカネーション。
転生する時、人のそれまでの記憶は消え去ってしまう。
というより、綺麗に忘れてしまう。

でも、稀にその記憶を思い出したり、忘れずにいる人がいる。

今、空に輝く月。
その月と全く同じものを見ることが出来るのは19年に一度。

もし、あなたが生まれる前に生まれ変わっても一緒に居たいと、
誓った相手がいたら。
転生して前世の記憶を忘れて生きていたある日、そう誓った相手が現れたら。
その相手が、カルマから逃げ出してしまったが故に転生できないとしたら。
そして前世の記憶を思い出したなら。

今の生を送るか、前世の約束を果たすか、
どちらかを選ばなければいけないとしたなら。

この映画で出された一人の一つの答え。
それが最良とは思わない。
でも、人というものはそういうものなのかもしれない。

下弦の月 Last quarter
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# by karmanrain | 2005-04-21 01:38 | 御伽草紙

交叉

理解しなければならない無い事

納得の出来ない事

世の中には、何とか理解は出来ても
納得の出来ない事が多いのでしょう。

アタマとココロのバランス。
綱渡りのように上手く取っていかなければ
直ぐに落ちてしまう危ういものなのかもしれません。
 
それとも、いつかは納得できるようになるのでしょうか。
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# by karmanrain | 2005-04-19 23:24 | 宵闇迷路

constantine

此の岸と彼の岸。
彼の岸には天国、地獄があるのかもしれない。
そこまでは大半の宗教と呼ばれるものの共通の考え。
寧ろ、共通のなのはこれくらいなのかもしれないが。

この映画はキリスト教が根底だから、
悪魔が地獄に、天使が天国にいる。
善と悪の戦いと言い換えても良いのかもしれない。

日本では神は神であり、善や悪といったものは存在しない。
善だの悪だのは人間が勝手に作り上げたモラルや
罪の意識が作り出したもので、そんなものに神は
左右されない。
そして、神は一つではなく、八百万と言われるくらい
存在している。

それでは、自分が信じる神とは何なのだろう。
信仰とするもの、教わるべきは何なのだろう。
何を護る為に戦わなければいけないのか。
何が忘れてはいけない事なのだろう。

そんな事に改めて気付いて、自分に問うてみる。
 
その答えを自分なりに確かめていくのが、
生きていくということなのかもしれない。
 
constantine
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# by karmanrain | 2005-04-07 00:49 | 御伽草紙

共有意識

感情の波に独り、揺られるのは構わないけれど、
それは人に見せるものではない。
感情は人にぶつけてはいけない。

時として其れは必要な場合もあるけれど、
其れは稀有なことで、大抵はそうすることで
関係は以前のようにはいかなくなる。

己の弱さは、人様の其れではない。

人の痛みを解る人間になるというのは
とんでもなく傲慢な行為なのかも知れない。

そしてもし、わからないままならば、
せめて、痛みを識る人間になりたい。
 
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# by karmanrain | 2005-04-02 23:51 | 不忘伝心

頑張れという言葉

元気のない人を励ますのによく使われている言葉ですが、
それだけにきっとその言葉を発する人には善意しかないのでしょう。
ですが、それこそ善意の悪意という代物でしょう。

言葉はキャッチボールというけれど、それがもしボールではなく、
弾丸だったら?
グローブを自分が身に着けているからといって
相手もそうだと思って硬球を全力で投げたとしたら?

自分と相手が対等でなければキャッチボールは成り立たない。

頑張るのは自分自身で、他人ではないのに、
人に頑張れというのは筋が違う気がします。

「頑張れ」と言われたら「じゃあお前が頑張れ」と言い返したくなる
今日この頃。


頑張れと言う言葉が嫌いな人は「頑張る」という事を識っているから、
軽々しくは使わない。
でも、どうしても自分の力で立ち上がって欲しい相手には
心を込めて言いましょう。
只、放っただけの言葉よりはいくらかマシでしょうから。

あと、自分で努力したと豪語する人とは友達になりたくないです。
努力と云う言葉は頑張ると云う言葉と逆に、他人が使うものでしょう。
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# by karmanrain | 2005-04-02 23:15 | 不忘伝心

ひとひらの自由

人というものは川を流れる一片の葉の様なもの。
生まれた時と同じくして川面へ落ち、その川の流れに乗る。
決して、同じ場所には留まる事は出来ない。生ある限り。
流されていくしかないと言ってしまえば、哀しく聞こえるでしょうか。

流れに逆らわずに棹差す事が悪い事だとは思いません。
大切なのは、自分はどう考えてその流れに乗っているかという事。
速い流れ、遅い流れ、小川、大河。
何処を通ろうとも、結局、皆辿りつく先は同じなのですから。

人は強かで、しなやかであると同時に
脆く、儚いもの。

それでも、流れていく一片。
自由というのは規制された世界の中にしか、存在しないものなのかもしれません。
だからこそ、求めるのかもしれません。
 
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# by karmanrain | 2005-03-23 22:43 | 宵闇迷路

得るもの、失い続けるもの

恋は遠い日の花火ではないのと同じように、
憧れ、抱いてきた想いも、とても身近な存在なのでしょう。
でも、その気持ちには変化がなくとも、向き合う自分自身が
生きている以上、変わっていってしまうものだから
その距離感に違和感を感じてしまう。

小さい頃、遠いと感じた道のりが、広いと感じていた世界が
実際にはそうでなかったように。

想いとの距離や大切に思い続ける気持ちとは裏腹に
人は変わっていってしまう。
望む、望まないに限らず。

憧れ、想いは忘れてはいけないけれど、
いつの間にか気がつく違和感には
片目を瞑って見逃してあげた方が良いのかもしれません。

その代わりに、憧れや想いには確実に近づいているのだと思うから。
眼前に広がる現実の世界として。
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# by karmanrain | 2005-03-21 16:12 | 不忘伝心

ミマモルトイウギゼン

見守るという事。

例えば別れを告げてきた人を見守る。
それは新しい恋人と幸せなあなたを黙って見ている、ということ。
静かに、そして確実に浮かび上がる自分のドロドロとした
黒いものを押さえ込み、決して表には出さないでいること。

あなたが苦しむ事となったとしても、その表情に憂慮しながらも、
あなた自身の力で浮かんでくるのを唯、待つ。

何もする事は出来ない。
何もしてはいけない。

例えどんなに傷ついても
堕ちていっても
例え生を絶ったとしても
見殺しにしたといわれても。

ただ、全てを逸らさずに見つめ、忘れずにいること。

見守る、という事はきっとそういうことで、
見ている、という事しか出来ない歯痒い想いのこと。
その選択しか出来なかった不甲斐無さと、
決してなくなる事は無い、静かに沸き続ける黒いもの。

それくらいの覚悟が必要なのかもしれない。
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# by karmanrain | 2005-03-12 22:52 | 恋哀依存

Get 2 know thine.

たとえば、「汝自身を知れ」という言葉。
自分の限界を知りなさいというより、
もっと自分自身の可能性を信じなさい、
そんな意味なのかもしれないな、と思うのです。

自分のことは知っているようで、一番よくわからないものだし、
肉体的には限界というものは存在すると思うのですが、
一方で、考えや思い、頭で考えることには限界は無いのでは?
もっともっと、自分を見つめたり、知る必要があるような気がします。

宇宙というのは殆ど無限に広がっているもの。
そして、身体の中にも同じ宇宙があるという考えがあるのだそうです。
そう考えると自分の「中」というものには、きっとそういう可能性が
あるのかもしれません。
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# by karmanrain | 2005-03-12 22:45 | 日々断片

scarred heart

ガラスのコップはちょっとした事でいつの間にか傷が付いていて、
付いてしまったその傷は二度と元には戻らない。
同じ場所に傷を付け続ければ、どんどん深くなっていき
最後には割れてしまう。

接着剤でくっ付けて元通りに見えても、水を注げば割れた所から
水はこぼれてしまうし、そこから見える景色も歪んでしまう。

元通りにしようと割れたコップに必死になるのなら
最初から割れないように注意して取り扱えばいいだけのこと
いつも使っているコップだからぞんざいに扱ってしまう
そして丈夫だという思い込みで油断して傷つけ、いつしか割ってしまう。

割れてしまったのなら、其れはもう仕方の無い事。
ものにはいつか終焉の時は必ず来るという事。
それが今だったというだけの事。
割れてしまったコップとの思い出をひとしきり回想したら、
後は新しいお気に入りのコップを見つけるしかない。

そのときはきっと割らないように気をつけて使える、筈。
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# by karmanrain | 2005-03-05 01:02 | 恋哀依存

バランシング

普段は小さく左右に触れながらも両方の均衡が
吊り合って保っていられるけれど、ほんの些細なことで
このバランスは崩れ、直ぐに大きく振れてしまう。

いつでも考えていることで、
いつでも考えていないこと。

影響を受けて直ぐに変わったり、揺らいでしまう事に対して
以前ほど疎ましく思わなくなりました。
水は色んなものによって直ぐに染まってしまったり、
汚れてしまうけれど、時間をかけて流れているうちに
元の綺麗な水に戻るように。

そんな綺麗なものじゃないですけど、これからは少しくらい
そういう風に考えていこうかなと思っています。
出来得る限り、ニュートラルに保って。

ただ、黒く塗った漆黒のキャンバス、というのにも惹かれますけど。
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# by karmanrain | 2005-03-05 00:48 | 日々断片

泳げないペンギン

一人では生きることの出来ない相手を求め、孤独に打ちひしがれる悲しみも、
一人で生きる事しか出来ない、人と関わる事に絶望したものから見ると
贅沢な悩みだと思えてしまう。

一人で生きる事が出来るのではなく、一人で居る事しか出来ない人間という
ものも居るのと同じように、人と関係しなければ生きていけない人も居るのでしょう。
一人では生きることが出来ない人。
一人でしか生きることが出来ない人。

どちらも好きでそうしていたり、そうなっていたりするわけでない。

それは、さかなが大空を自由に飛べないように、
鳥が大海原を自在に泳げないのと同じなのだと思う。
でも、中にはトビウオやペンギンのようなのも居たりするので、
それは絶対的なことではないのでしょうけど。

ある程度は歩み寄れるのかもしれませんが、ほんとうにある程度であって、
わかりあうことはできないのでしょう。
そして、わかりあう必要はないのかもしれません。
相手の気持ちに立つことは出来ても、
相手そのものになることは出来ないのですから。
 
でも、その分かり合おうとする思いこそが大切なものの様な気がします。
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# by karmanrain | 2005-02-27 00:07 | 恋哀依存

forget me not

忘れたい事、忘れたくない事。
忘れたい事はいつまでもグジグジと忘れられないくせに
ずっと思い留めておこうと思っていた事のほうが
記憶が薄れ易い気がします。

思い出の風化なのか、美化なのか。
それとも、ただの忘却なのか。

ただ、忘れるといっても人の脳というのは一度見たものは決して
忘れない器官なのだそうです。
それを繋ぐシナプスや脳梁、その中を流れる血液や電気信号、
そういったものの相互干渉によって
人の記憶というものは作用しているらしいとの事。
誰も見たことはありませんし、本当にそうなのかは分かりませんけど。

忘れたい事を何年もかけて少しづつ薄れさせていく一方で
忘れたくない事をほんの短い時間で分からないところへ
閉まってしまう。
人は忘れる、ではなく奥底へと閉まってしまう。
そして隔離してしまう。神経を切断して。

忘却は人の優れている最たる点だというけれど、
それと同時に人の劣る最たる点と言えるのかも知れません。
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# by karmanrain | 2005-02-26 23:56 | 日々断片

伝えるもの、伝わらないもの

いつも一言多く、一言以上が足りない。
その事に後で気がついても、一度放ってしまった言葉は覆す事なぞ出来ない。

自分の気持ちを吐露するのと、人に自分の考えを伝えることは別だ。
その事に後で気がついても、土足で上がった相手の心は踏みにじられた後。
踏みにじられ、言葉で刻まれた心は閉じてしまった後。

好意に甘えるのと相手に頼るのは別のもの。
甘えているつもりがいつの間にか頼ってしまっている事に気付く。
その事に気がつくのは、いつも一人になってから。

足りない言葉を補おうとしても、適当な言葉が浮かぶ訳も無く、
考えを伝えようにも、言葉が足りず、そして言葉を態度で代用できるはずもなく、
そのために好意に甘えるつもりが頼ってしまっている。
 
あなたへ何を伝えるべきか。
 
未だによくわからない。
 
来る事の無い、いつか。
 
容赦なく訪れる朝。
 
 
そして、もっと遠くなる。
少しづつ、でも確実に。
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# by karmanrain | 2005-02-19 21:58 | 宵闇迷路

王様の耳は・・・

あのお話は最後は全ての人の知れるところとなったけれど、
誰かに、というわけでは無しにさらけ出す場所というのは
大切だと思います。

そうする事でバランスが保てるのなら、
それはその人にとって、井戸の様に大切で、必要なものなのでしょう。
時には、実際に会う人より。恋人よりも。

秘密、をさらけ出す必要はありませんが、
どこかに隠して閉まっておく場所というのは必要。

このポータルも、そういう場所のひとつに成り得れば、
それだけで良い気がします。

広い電脳の世界の片隅にそういう居場所が
ひっそりと存在しているなんて、感傷主義ではありませんが、
素敵な事でしょう。

痲酔さんの狙いとは若干ずれているのかも知れませんけど。

最近は、そういう風に思ったりしています。
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# by karmanrain | 2005-02-15 01:00 | 日々断片

spirit which is present in words

万物には魂がある

と言うことばは当たらずも遠くはないことばなのでしょう。

言霊を英訳して翻訳すると「言葉の中にある精神」となるようです。
これが先のことばを良く表している気がします。

もともと「ことば」というものは「言霊」であり、
「呪(まじない)」なのだそうです。

乱暴に言ってしまうと、ことばと言うのは
「言葉の中にある精神」(言葉に宿る精神)であり、
それを用いて対象となるものに「名前をつける」、「呼ぶ」
ことでその名前に影響する力があるのではないかと。
例えばもともとはただの石でも、それに名前をつけて
崇拝すれば、その石は神格を備える。そういう事なのかもしれません。

もともと、言葉というのは詞で儀式に使われてきたのですから。

悪口で人が傷付くというのもそういうところからかもしれません。
きっと、そのことばで自分の大切なものに傷が付くから。
言った本人にも、言われた相手にも。

悪意のない悪口というのは存在しない。
だって悪口ですから。

相手を傷つけるけど、本当は自分も同じくらい、ひょっとしたらそれ以上に傷付くんだよ。
皆そのことを忘れているだけ。
 
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# by karmanrain | 2005-02-10 00:56 | 宵闇迷路

できること、できないこと、すること

人間それぞれ生まれ持った器量があるから
どんなに努力したところで限界以上の事なぞ成し遂げようが無い

器量に見合わぬ何がしかを実現させたいと思うのならば
身銭を切るだけが能でもないだろう

十年かけて編み上げられた技能を本当に修得しようとするのなら
やはり十年掛かるのだ
しかし、そんな時間が無いというのなら
利用できるものは利用して先人の済ませてくれた下ごしらえを踏み台にして
切り詰められるところはズルをする

要領よくやらなければ、人の一生なんか短いものだ


とあるマンガの一説。
全ての芸術は模倣より始まるという言葉があるように、
熟練の技を自分のものにするという事は必要なことなのでしょう。
模倣をパクリと勘違いする方も多いでしょうが、それは全く別のお話ですし。
真面目に生きれば馬鹿をみる、という低次元の話ではなく、
目的への思い、余り良い聞こえがしませんが執念や貪欲さというのは
必要な感情であり、良いことなのだと思います。

模倣しすぎて自分の道を誤らなければ、それで良いと思います。
過ぎたるは及ばざるが如し、です。
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# by karmanrain | 2005-02-06 16:12 | 日々断片

幸せの種

それは、しあわせという花の種といった方が適切な表現かもしれません。
花を咲かせるには、ポットに土を入れて、ひなたに出して、水をあげて、芽を出して。
寒かったら部屋に入れて、肥料もあげて、、、そうする事で花を咲かせる事が出来ます。

しあわせも、きっとそういう事なのでしょう。

願う事は必要。でも、願ってばかりいても、しあわせにはなれない。
自分の心に肥料をあげて、水をあげて、お日様に当てて、、、。
枯れない様に、でも余り手をかけすぎると逆に枯れてしまうから適度に接して。
アンテナを張って、自分の動きに敏感になってみる。

花、という形ならば、分かりやすいかもしれませんが、
それが花の咲かない種類の植物(しあわせ)であれば、ちょっと難しいかもしれません。

人というのは辛い事は敏感に感じる一方で、心地よい事はそれほど感じる事は出来ない生き物。
だから、気付いていないだけで、本当は充分しあわせ、なのかも知れません。
 
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# by karmanrain | 2005-02-04 00:31 | 日々断片

worlds end

世界の中心で愛を叫ぶ。。。とか。

そう思えたなら、自分にとってこの世はもっと過ごしやすくなるに違いない。
でも、その分だけ、傲慢な人間になっていくに違いない。

そもそも、愛という事が何なのか、さっぱり分からぬ身としては
縁の無い話なのですけどね。

生と死を使った恋愛のシナリオは嫌いです。(特にどちらか片方が死ぬものは)
死に別れた相手のことは綺麗な思い出として残るし、完結してしまうから。
その思い出は忘れる事も、褪せる事もない。
生と死、対極にありながら同じように語られる事の多い言葉。
常に二律背反される考え。


それなら性と死の方が余程好感が持てるテーマです。

誤魔化し、という事ではなく、あざとい方が、良いものと言うものもあるのでしょう。きっと。
 
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# by karmanrain | 2005-01-25 22:12 | 日々断片