スクラップドデイズ

カテゴリ:不忘伝心( 3 )

共有意識

感情の波に独り、揺られるのは構わないけれど、
それは人に見せるものではない。
感情は人にぶつけてはいけない。

時として其れは必要な場合もあるけれど、
其れは稀有なことで、大抵はそうすることで
関係は以前のようにはいかなくなる。

己の弱さは、人様の其れではない。

人の痛みを解る人間になるというのは
とんでもなく傲慢な行為なのかも知れない。

そしてもし、わからないままならば、
せめて、痛みを識る人間になりたい。
 
[PR]
by karmanrain | 2005-04-02 23:51 | 不忘伝心

頑張れという言葉

元気のない人を励ますのによく使われている言葉ですが、
それだけにきっとその言葉を発する人には善意しかないのでしょう。
ですが、それこそ善意の悪意という代物でしょう。

言葉はキャッチボールというけれど、それがもしボールではなく、
弾丸だったら?
グローブを自分が身に着けているからといって
相手もそうだと思って硬球を全力で投げたとしたら?

自分と相手が対等でなければキャッチボールは成り立たない。

頑張るのは自分自身で、他人ではないのに、
人に頑張れというのは筋が違う気がします。

「頑張れ」と言われたら「じゃあお前が頑張れ」と言い返したくなる
今日この頃。


頑張れと言う言葉が嫌いな人は「頑張る」という事を識っているから、
軽々しくは使わない。
でも、どうしても自分の力で立ち上がって欲しい相手には
心を込めて言いましょう。
只、放っただけの言葉よりはいくらかマシでしょうから。

あと、自分で努力したと豪語する人とは友達になりたくないです。
努力と云う言葉は頑張ると云う言葉と逆に、他人が使うものでしょう。
[PR]
by karmanrain | 2005-04-02 23:15 | 不忘伝心

得るもの、失い続けるもの

恋は遠い日の花火ではないのと同じように、
憧れ、抱いてきた想いも、とても身近な存在なのでしょう。
でも、その気持ちには変化がなくとも、向き合う自分自身が
生きている以上、変わっていってしまうものだから
その距離感に違和感を感じてしまう。

小さい頃、遠いと感じた道のりが、広いと感じていた世界が
実際にはそうでなかったように。

想いとの距離や大切に思い続ける気持ちとは裏腹に
人は変わっていってしまう。
望む、望まないに限らず。

憧れ、想いは忘れてはいけないけれど、
いつの間にか気がつく違和感には
片目を瞑って見逃してあげた方が良いのかもしれません。

その代わりに、憧れや想いには確実に近づいているのだと思うから。
眼前に広がる現実の世界として。
[PR]
by karmanrain | 2005-03-21 16:12 | 不忘伝心